リサイクルショップからクリスティーズへ。そして、フェルメールの絨毯

大阪中之島美術館で、現在フェルメール展が開催され、「真珠の耳飾りの少女」が14年ぶりに日本公開というのが話題ですが、ここでフェルメールと絨毯の話を。

これまでもRungtaでの展示会などで、この話について紹介していただく機会があり、知ってくださっている方も多いと思いますが、実は私自身がこのことをまとめて書くのは今回が初めてです。

もう4年ほど前の出来事になりますが、少し記録を残しておこうと思います。この件は、朝日新聞デジタルで記事にもしていただきました。

2022年の夏、とある骨董屋さんがネットで販売していた、古くて少し荒い織りの絨毯が2枚目に留まりました。

写真を見た瞬間に、何か普通ではないものだと感じました。
どこかで見たことがあるような……と記憶をたどっていくと、それはどう考えても、古いインド・デカン産の絨毯。

日本では、京都・祇園祭の山鉾に掛けられている絨毯として知られているタイプです。
まさか、こんなところに?そう思いながら、とにかく2枚とも購入しました。

その後、祇園祭の絨毯を研究されている鎌田由美子先生に画像を見ていただきました。

以前から先生の著書『絨毯が結ぶ世界』(名古屋大学出版会 2016年)を読んでおり、この時あらためて見直してみると、フェルメールの《水差しを持つ女》に描かれている絨毯も、同じデカン産絨毯のグループであると書かれていました。そこで、「フェルメールの絵に描かれている絨毯ととても良く似ている」とお伝えしました。

先生からは、この2枚について、18世紀のデカン産絨毯であるとの見解をいただきました。

画像のように、フェルメールの絵と2枚の絨毯を並べて見てみると驚くほどよく似ています。細かな花や葉の配置、フィールドの構成、内側のボーダーのデザインもそっくり。そして何より、絨毯そのものの織りが粗く、少しつぶれたようなノットの表情までよく似ています。

比較したもの。そして、水差しを持つ女。

フェルメールの《水差しを持つ女》は1660年代初頭の作品とされ、私の手元にあった絨毯は18世紀のものと考えられています。年代については差がありますが、それでもこれほど具体的にデザインが一致することは、とても興味深いことだと思います。

このタイプのデカン産絨毯は、1980年代に京都でまとまって研究され、それまで知られていなかったインド絨毯のグループとして欧米の研究者から注目されたものです。

その後海外でも確認されたものもありますが、現在も状態の良いものの多くが日本に残っているとされています。
私の手元に来た2枚も、まさにそのグループに属するものでした。

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これは私が個人的に持ち続けるには、少し荷が重いかもしれない。

できれば、こうした絨毯をより適切に扱ってもらえるところへ引き継げないかと思い、想像できる範囲でいくつかの行き先を考え、知人を通じて当たれるところには当たってみました。

けれども、日本でこのような古いテキスタイルを購入・収蔵することはなかなか簡単ではなく、すぐに行き先が決まるような状況ではありませんでした。

そこで、以前にも同じタイプの絨毯が出品されていたクリスティーズに、出品の可能性について問い合わせてみることに。それが2022年の11月です。
すると数日後、クリスティーズのロンドン本社から「出品に値するものであり、見積りを送ります」という返事が届きました。

そこからは、とんとん拍子に2枚の絨毯はロンドンへ渡り、クリスティーズの2023年4月のオリエンタルラグ・オークションへの出品が決まりました。
(クリスティーズ日本支社に絨毯を直接持って行ったのは良い思い出。)

そして、出品時の解説にもフェルメールの《水差しを持つ女》の絨毯との関連が記されました。
この時、「西洋絵画に描かれる東洋の絨毯」というテーマの中で出品されたのです。

この時、この2点の絨毯は無事にどこかのだれかにより落札されました。
現在もクリスティーズのロットページで見ることができます。

1. 2

 

(↑クリスティーズのオークション下見会場にて。)

絨毯というものは、本当に思いがけないところで世界とつながっているものだなと思います。

そして、この話にはもう少し面白いところがあります。

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実物の絨毯とフェルメールの絵をじっくり見比べていると、絨毯そのものだけではなく、「フェルメールは絨毯をどう見て、どう描いたのだろう」ということが気になってきました。

(↑事務所で撮影した2枚)

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フェルメールの《水差しを持つ女》に描かれた絨毯と、私が購入した2枚のデカン産絨毯。
この時、絵と実物の絨毯を比較しながら、様々な資料をあたる中で感じたこと気づいたことがあり、それについて少し書いてみます。

もちろん、以下は私自身が考えたことで、専門的な研究結果というものではないことをご了承ください。

1.カメラ・オブスクラと絨毯の歪み

フェルメールは、カメラ・オブスクラを制作の補助に使ったのではないか、という説があります。

佐藤紀子氏の論文「ヨハネス・フェルメールの絵画空間の考察―構図決定時におけるカメラ・オブスクラの役割―」(2006年 40巻 Supplement1号 p.127-132)では、フェルメールの室内画を図学的に分析し、カメラ・オブスクラが構図を決定する際の補助的な役割を果たした可能性について考察されています。

カメラ・オブスクラを使うと、画面の周辺部では像が歪んで見えることがあります。

《水差しを持つ女》の絨毯を実物の絨毯と見比べてみると、右下の角に近い部分では、絨毯の柄が少し間延びして、モチーフが大きく描かれているように見えます。その分、モチーフの間の隙間も広がっています。

これは、単に絨毯そのものの違いなのか……?
あるいは、光学的に投影された像をもとに描いたことによる歪みなのか。

もしフェルメールが、実際にこの絨毯と非常によく似た絨毯を見て描いていたのだとしたら、この歪みは、カメラ・オブスクラを使用した可能性を考える上での一つの手がかりになるのではないか。

2.絨毯の「緑」は、もともと何色だったのか

そして、色について。

フェルメールの作品では、ラピスラズリから作られる天然ウルトラマリンが非常に美しく有名です。

一方で、フェルメールの絵には、現在では青く見えているのに、もともとは緑だったと考えられている部分があります。

たとえば《絵画芸術》の月桂樹の葉です。
近年の科学的な調査では、月桂樹の葉の一部について、ウルトラマリンと黄色の色材が使われていたこと、そして時間の経過によって黄色の成分が失われ、現在は青く見えていると考えられることが分かっています。実際に、研究者によって本来の色を推定するデジタル・カラー・リコンストラクションも行われています。

ウィーン美術史美術館(Kunsthistorisches Museum Wien)とアントワープ大学の共同研究


生物学者の福岡伸一さんも、長年フェルメールの作品に取り組み、最新のデジタル技術によって、350年前の色彩をできるだけ取り戻そうとする「リ・クリエイト」のプロジェクトを監修されています。

こういう研究を知ると、今回の絨毯についても少し面白いことが考えられます。
実物の絨毯を見ると、フィールドの中には緑色の葉や茎がたくさんあります。
ところが、フェルメールの《水差しを持つ女》では、それに対応するように見える部分が、青く描かれています。
もちろん、フェルメールが絨毯の色を正確にそのまま写したとは限りません。
けれども、もし絵の中の青の一部が、もともとは緑だったのだとしたら。
実物として残っている絨毯の色から、フェルメールが見ていた絨毯の本来の色を想像することができるのではないか。
これは、絨毯を実際に見ている私にとって、とても面白いところでした。


3.絵の中で、絨毯はどこまで描かれているのか

そして、私が個人的に一番面白いと思ったのがここです。

絵の中の絨毯はかなり大きく見えます。

でも、実物を見ると、今回の絨毯は幅1m少し、長さ220㎝ほどの、意外に細身で小型のものです。
実物と絵を並べてみると、絵の右端は、ちょうど絨毯のフィールドの端まで描かれているように見えます。

つまり、絨毯全体を大きく描いているというより、実際にそこに置かれていた絨毯を、かなり手前まで寄せて描いているように見えるのです。

これは単純に、構図上そうしただけなのかもしれません。また、フェルメールの絨毯はもっと大きかった可能性もありますが...

でも、少し想像を膨らませるなら、

「実際にはそれほど大きくない絨毯を、少しでも豊かに、大きく見せたかったのではないか」

そうだったら面白い。

当時、絨毯は富や異国趣味を象徴する高価な品でもありました。

フェルメールのほかの作品を見ても、絨毯をテーブルの上に大きく垂らしたり、全体を見せたりして、その存在感を強調しているように見えるものがあります。

ところが《水差しを持つ女》では、絨毯は平らに置かれ、しかもかなり手前に寄っています。

それによって、絨毯の模様がとてもよく見える。

この配置には、フェルメールなりの意図があったのではないか――と考えると、なかなか面白いのです。

・・・

私がこの2枚の絨毯を手にしたときには、まさかフェルメールについてこんなに考えることになるとは思っていませんでした。

ただ、絨毯を実物として見ていると、絵画の中に描かれたものについても、少し違う角度から見えてくることがあります。

そしてクリスティーズの出品時の解説にも、鎌田先生の研究をもとに、デカン産絨毯が17〜18世紀のオランダ絵画に登場すること、そして《水差しを持つ女》の絨毯との関連が記されています。

この2枚が現在どこにあり、どのように扱われていくのかは、私にはもう分かりません。

ただ、どこかで誰かがこれを見てフェルメールとの関連について検討してくれていたら良いなと、またどこかの博物館などに突然現れないかなと淡い期待を抱いたりしています。

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絨毯を調べていると、ときどきこんなふうに、思いがけないところで別の世界とつながることがあります。

今回はそれが、フェルメールでした。
私はフェルメールの研究者ではありませんし、ここに書いたことも、研究として結論を出せるようなものではありません。

ただ、実物の絨毯を見ているからこそ気づくこともある。

そんなふうに、絨毯を入口にして絵画を見てみるのも、なかなか面白いものだと思います。

そして最近は、日本の緞通の歴史について調べています。
歴史上の出来事との興味深い関連についての発見があり、調査を進めています。これもまた、いずれブログにしようと思います。

そして最後に、2025年に行った祇園祭で見たデカン産絨毯の写真をいくつか。


南観音山


南観音山


北観音山 八星メダリオンデザイン


京都生活工藝館・無名舎で見学させていただいた八星メダリオン(吉田考次郎氏のコレクションより)

これら、祇園祭の絨毯と日本の緞通にもつながりがあり、より緞通に関心をもつきっかけともなりました。

RUGLIFE 藪下晶子

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